
初心者にもわかるハワイアンジュエリー
議論を進めていけば、所有権だけを取引できるようにしたのは、Sさんが指摘していた世界の大都市における住宅価格高騰だけではないことが分かる。
それと同等あるいはそれ以上に、住宅が金融市場で取引されるようになった「セキュリタィゼーション(証券化)」の仕組みこそが、住宅というものを証券に転換して、投機の対象になりやすくしたことを論じるべきだろう。
ところが、実に奇妙なことにSさんは『根拠なき熱狂第二版』でも、さらに『ザ・サブプライム・ソリューション』でも、この肝心の住宅ローンの証券化の功罪について、まったく検討していないのだ。
これは迂闇とか失念という問題ではなく、かなり意図的なものを感じざるを得ない。
しかも、Sさんは「根拠なき熱狂第二版』では、自分が中心になって開発した住宅価格指標であるSさんの指標が、住宅価格の高騰を抑制するのではなく、逆に加速してしまったかもしれないと記していた。
つまり、信用のできる住宅価格指標が登場したことで、かえって住宅の投機に拍車がかかった可能性もあるといっていたのだ。
ところが、『ザ・サブプライム・ソリューション』では、このSさんの指標に基づく住宅ローン担保証券の先物市場がMさん拡大していれば、バブル拡大と崩壊は防げたかもしれないと論じるに至る。
このことは、Sさんはデリバティブや保険の理論家でもあることから、こうした結論に至ったのかもしれない。
しかし、もしそうだとするなら、これは正しい議論の変更といえるだろうか。
そしてまた、こうした屋上屋を架すごとき議論が、はたして成り立つのだろうか。
二○○七年夏、T銀行の子会社が次々と破綻した。
サブプライム・ローンを含む住宅ローン担保証券(MBS)の格付けが下落したために売れなくなり、資金繰りに窮してのことだったと報道された。
そこでにわかに、このMBSというものに注目が集まり、同時にMBSを作り出すセキュリタイゼーション(証券化)についても、危うい金融テクニックとして論じられるようになった。
しかし、証券化が危うい金融技術だといわれたのは、このときが初めてではない。
住宅ローンなどの債権だけでなく、不良債権や不動産あるいは事業そのものまでも証券化してしまって金融市場で取引する仕組みが、果たして大きなリスクを孕んでいないものなのか。
それは経済学者にとっても、すでに二十年来の検討テーマだった。
もちろん、この証券化こそが、アメリカ金融経済の強さなのだと主張する経済学者やエコノミストは多かった。
たとえば、日本の銀行が多くの不良債権を抱え込んだことに批判的だった日本の金融経済学者は、証券化によって債権をバラバラに切り離し売却すれば、流動性が高まるだけでなく、リスクの分散にもなるとして、日本の金融も証券化を推進すべきだと主張していた。
アメリカの金融経済の繁栄を見てきたエコノミストは、直裁に証券化を推進しない日本の金融は没落するだろうと論じた。
とうの昔にアメリカでは商業銀行の時代は終わって、いまやT銀行が金融を仕切る時代になっているから、日本の金融も早く証券化を身につけ、金融を証券化すべきだというわけである。
サブプライム問題が発覚してからも、アメリカの金融専門家たちは、証券化じたいは問題ではないと言い続けた。
今回の失態は証券を格付けする格付け機関が、本来の業務を怠ったからであり、それさえ改革すれば元通りになると述べたものだった。
彼らは、証券化によって住宅ローンの金利が下がったおかげで、低所得者層の人も自宅が持てるようになったのであり、そんな優れた仕組みが悪いはずがNさんいうのである。
しかし、これから見ていくように、問題はそれほど単純ではない。
それだけなら、二○○八年九月にT銀行R会社が破綻して、世界中に危機が波及することなどなかったろう。
証券化というテクニックは、経済学者やエコノミストが頭のなかで考えているほど理想的な形で社会に貢献しているわけでもなく、また、格付け会社だけが反省して改革をすれば、問題は解決するというものでもなかったのである。
一九八五年、スイスのバーゼルにあるK銀行(BIS)が発表したレポートは、いまや「二つの証券化」が急速に進展していると論じて注目を集めた。
第一が、企業が資金調達を銀行からの融資に依存していたのが、株式市場あるいは社債発行にシフトするようになったという意味での証券化。
第二は、債権や借金あるいは事業そのものまで証券に転換して、金融市場で売買するようになったという意味での証券化である。
七○年代から八○年代にかけて、アメリカの銀行は中南米の企業に過剰融資を行ない、巨大な不良債権が生まれた。
この不良債権を処理するために使われようとしたのが、第二の意味での「証券化」だった。
アメリカ政府が世界中の金融機関に中南米の企業への追加投資を促がす一方で、銀行が持っている不良債権を証券化して金融市場で売り出す。
もちろん、この証券には利子がついていて、中南米の企業による返済がうまく進めば、購入した投資家は元利のすべてを手にすることができ、儲かるというわけだ。
住宅ローンを証券化する方法というのは、次のようなものだった。
住宅ローン会社や銀行が住宅ローンを組んで資金を融資する。
すると元利を取り立てることのできる権利である債権が生まれるが、この債権を政府系住宅金融機関であるM社やF社に持ち込み、審査を受けて合格となると買い上げてもらえる。
この時点で、住宅ローンの債権は住宅ローン会社や銀行のバランス・シートからは消えてしまう。
向け融資に貸倒引当金を積んでしまったので頓挫してしまう。
いわばリードは抜け駆けをして証券化の試みを台無しにしてしまったわけだ。
証券化のテクニックは、すでに七○年代には登場していたが、本格化するのは八○年代後半からで、九○年代に日本の不良債権を安く買い、活用されたことはよく知られている。
この証券化は住宅ローンの債権にも応用された。
最初は政府機関によってごく一部で行なわれたにすぎなかったが、八○年代、R政権の政策ミスで住宅ローン専門の貯蓄貸付組合が次々と不祥事を起こして破綻すると、住宅ローンを提供するための方法として急成長を遂げることになる。
債権を買い上げたM社やF社は、住宅ローンの債権が一定量貯まったところで、これを住宅ローン担保証券(MBS)としてバラバラに投資家に売却してしまう。
投資家はMBSの金額に応じて、元本返済と利子払いであるお金が、一定期間の後に手に入るというわけだ。
MBSは九○年代から急速に普及し、アメリカ国民が住宅を購入するさい組んだローンの六割が、証券化をへてMBS市場に流れ込んでいった。
ことに住宅ブームが起こった二○○一年以降は急伸して、二○○六年の時点ではMBS発行総額が六兆ドルを超え、アメリカ財務省証券(米国債)の発行残高五兆ドルを凌駕する規模にまで拡大していた。
二○○三年ごろには、住宅ブームはバブルの兆候を見せ始めるが、ここでT銀行とその周辺が目をつけたのが、これまで住宅ローンを組むことができなかった低所得者層だった。
通常なら、とてもローンを払いきれないはずだったが、ブームのなかで住宅価格が急伸していたので、それを前提にすれば彼らにも払える可能性が生まれていた。
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